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これが私たちの父なる神さま

(1/22)の説教要旨

(ルカ15:11~32

ある人に二人の息子がいました。弟息子は、ある時、父親から財産を分けてもらうとさっさと家を出てしまいました。父親の目の届かい所での生活にあこがれ、父親から離れることで幸せになれると思いました。しかし、お金が無くなり、食べる物にも困ることになって、自分が間違った生き方をしていることに気づきました。

 彼は、父の家に帰ろうと決心しました。帰って人生をやり直そうと思いました。ただ、もはや息子と呼ばれる資格はないと考えて、雇人の一人として働くつもりで家に向かいました。そうすると、まだ家までかなり距離があったのですが、父親が彼を目ざとく見付けて走り寄り、大歓迎しました。

 

 身勝手な生活をした息子を大歓迎する父親に、兄は腹を立てました。父親のやっていることは不公平で、筋が通らないと思ったからです。しかし、この父親の姿は、筋を通したなら、愛する対象にならない私たちを、どこまでも愛そうとする神さまの愛し方を表していました。神さまは、神さまから距離を置いて生きようとする私たちを、筋を通して赦すために、最愛の御子を犠牲にされました。その事に、私たちの理解をはるかに超えた父なる神さまのご愛が、如何にもよく表れていました。